色々振り返る

 

3日間外出せずに過ごしたわけだが、連休最後の夕方、まさに今、最寄りのコンビニに出かけるため支度をしていると精神がざわつきだし、手も震え始めた。

単純に外に出るのが嫌だというのもあるけど、化粧のために見ざるを得ないひどいニキビ肌と、ちりちりでまとまらない髪の毛に打ちのめされたというのが大きい。

外に出る気力もなくなってしまったので、今はくせ毛やらニキビについてぼやこうと思う。

 

まずはくせ毛について。

くせ毛が気になり始めたのは中学生になってから。小学校高学年くらいからボンバーヘアではあったものの、どの頃は髪の毛にコンプレックスを持っていなかった。

中学生になると途端に外からの目が気になり始め、縮毛矯正をするようになった。

しかし縮毛矯正は値段が張るうえに親がお金を払ってくれていたので、そう頻繁にできるものではなかった。

だから新しく生えてくるうねりMAXの髪の毛に対してヘアアイロンを手に毎朝格闘していた。

ヘアアイロンをした髪の毛の敵は水だ。通学や運動でかく汗、授業のプール、雨、梅雨の湿気。

何をするにも髪型を気にしていた。特に前髪は四六時中手で押さえていた。

髪型も色々試した。長さはショートカットからセミロングの間で、一番手入れしやすく自分の納得のいく髪型探しをし続けた結果、セミロングで後ろはお団子、前髪も伸ばして七三分けに流すところに落ち着いた。縮毛矯正はせず、気になるところだけアイロンをあてている。

こうして髪型についてあれこれ考えることはやめにしたけど、ヘアアイロンでも整えきれないくせが現れた時はかなり凹む。

 

次にニキビ肌について。

目に見えてひどくなったのは就職前の準備のときから。長期間の研修で家を離れなければならないと聞いてたのでその不安が大半を占めていたと思う。

研修が始まって今まで以上に他人と関わることになり、それによって生じる様々な噂(主に悪口)をコミュニケーションの一端にして人の輪が出来上がることを知った。

周りの人間はそんな環境でも平然と笑い合い雑談をしていた。私の頭は違和感で埋め尽くされ、これから先ずっとこの環境で過ごしていくのだと思うと気が狂いそうだった。

周りのことは気に留めず必要な知識を身に着け規則正しい生活を送ろうと心がけ実行してもニキビは増えていくばかりだった。

食事量を調整してもダメ、間食しなくてもダメ、運動してもダメ。何をしても改善しないニキビに心をへし折られながらも休むことなく日程をこなしていった自分を改めて褒め称える。

長期間の研修を終え配置が決まり、いよいよ大半の同期とおさらばできることを喜んだ。

しかし配置先でも噂で繋がる人の輪は健在だった。むしろ程度が低かった。他人のあらを探し、周りに面白おかしく話せる人間が好まれていた。上司は職場の人間関係を、悪口で繋がってるのだと言っていた。

その上司が言った悪口のなかで一番はっきりと覚えているものが、同僚の趣味の批判。

内容はこうだ。

「あいつ、アニメとかすごい好きなオタクらしいよ。」

半笑いでばかにしたような口調に心底腹が立った。

アニメ好きでたくさん見てたらダメなの?オタクであることはバカにされるようなことなの?

話題にされた人は仕事を真面目にする人当たりのいい穏やかな人で、決してバカにされるようなところはなかった。

それを知っているからこそいつも以上に腹が立った。

 

…感情的になって長々と不快な話を書いてしまったけど、ニキビの話に戻ろうと思う。

そう、世間はこんないや~な場所ばかりなのだと知った。

もちろんそんな環境で精神状態は好転するはずもなく、実家も落ち着ける環境ではない(ヒステリックな祖母と父親がうるさい)ためストレスは蓄積され過食嘔吐に走ったこともニキビが治りにくい要因であると思う。

何より一番の原因は、ニキビ話の最初の方に書いた、悪口が絶えない職場に居続けなければならないことだと思っている。

 

これでくせ毛とニキビ肌の話は終わり。

次は今の自分の状態について。

 

 

今私は赤の他人とすれ違うだけでストレスを感じる。元々外からの目を気にする質だったけど、悪口で繋がる輪云々を知ってから、どこの会社も環境は変わらず、外を出歩いている人間は一様に同じ考えを持っているとしか思えなくなったからだ。

職場復帰した今も、通勤や職場は正直怖い。今このブログを書いている今も吐き気がする。

仕事を辞めることが今の環境から逃れる簡単な方法だけど、今やめたら職場環境は今後も変わらず、新人も腐っていくのかと思うと気の毒でならない。

かといって私一人今の職場に残ったところで何ができるのか?

例え仲間ができたとしても、会社全体の風潮を一蹴することができるだろうか?

他人も一人の人間であり、それぞれの考えや経験がある。そしてどんな環境に置かれたとしても自分で考え理想とする環境を思い描くことが出来る。

その個々人の理想を統合することは不可能だ。それぞれ理想の道筋と結果があるのだから。

組織改革の部門があったとしても、属する数人~数十人の人間しか舵取りに参加できないんだから偏りが生じるにきまってる。

特に今の会社の舵取りは上層部の恣意的なものが多く次々と出される変更にちいち茶々を入れる気にもならない。下は諦めて言うことを聞くことに徹している。そんなところで私一人何がしたところで意味なんてないかもしれない。

だったらすぐにでもやめていいんじゃないか?